「ま、気楽にしてね。家族全員いるけど・・・」
「マジかよ・・・帰りてェ・・・」
8月9日、今日はいつもの木の下ではなく、一風変わって私の家の前に来ていた。
此処に着いたのはもう5分ほど前のことで、晋助がなかなか入ってくれないのでずっと此処にいる。
「なんで俺がお前の家族に挨拶みたいなことしなきゃなんねぇんだよ」
「だから、晋助はただ遊びにきたの!そう思うから嫌なんだよー」
「だって家族全員いんだろ?」
「田舎なんてそんなもんっ!」
私が少し大きな声でそういうと、晋助はピタリと黙り込んでしまった。
多分言い返す言葉が見つからなかったんだろう。
こんなことになったのは昨日の夜、
家に帰ってきた私は待ちかまえていた家族に取り抑えられた。
なにやら話を聞いてみると、昼間の二ケツの話で、家族は近所のおじさんに聞いたらしい。
ここら辺の人は知らない顔なんて殆どいないから、晋助を見たそのおじさんは驚いたみたいで、
好奇心にまかせて仕事帰りに家に寄り、家族に私と晋助の関係を聞いてきたらしい。
それで勿論家族はそんなこと知らないから、昨日の昼間は少し大騒ぎになったみたいで、昨日の夜は質問攻めで大変だった。
その結果、「晋助を家に連れてくる」ということで事が収まり、今に至る。
「私の部屋にゲームも漫画もいっぱいあるから、時間なんてあっという間だよ!」
「ったく・・・」
「じゃ、ドア開けるからね!」
私は晋助が逃げないように腕を掴み、ドアに手を掛けた。
ガラッと音を立ててドアを開けると、
そこには家族全員が勢揃いしていて、流石の私も「うわっ」と声を上げて一歩下がってしまった。
「ちょ、ちょっと!何してんのみんなして!」
「何々、この人が晋助くん?!あらまあ、凄いイケメンじゃない〜!」
「えー、にこれ?!勿体なさ過ぎるだろ!!」
「二枚目じゃのぉ」
「「すげー!!」」
私の言葉は軽々と無視され、家族の視線は一斉に晋助に降り注いだ。
晋助はその視線に耐えきれず、目を逸らす。
家族は次々と思うことを口にして、止みそうにもないので私は晋助を引っ張りながら玄関に上がった。
「あれ、父さんは?」
「あーあの人は仕事に行ったわよ。別に今日は行かなくてよかったのに」
「多分見たくなかったんでしょうねー」とお母さんは言って口元を押さえた。
私は晋助が靴を脱ぐのを確認し、私の部屋の部屋を教えて先に晋助に階段を上らせると、
家族に立ち塞がるようにして振りかえる。
「絶対必要以上に部屋来ないでね!晋助に迷惑かけちゃ駄目だから!!」
そう言い残し、私は勢いよく階段を上った。
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「うるさい家族でごめんねー」
「いや、親父さんがいないみたいで安心した」
先に部屋に入っていた晋助はテーブルの前に座っていて、扇風機にあたっていた。
いつもは親が占領している扇風機も晋助がくるからと私の部屋にきたし、
なぜか既にテーブルの上にはお菓子と麦茶が準備されている。
「にしても、家族多いな」
「そうかな、お父さんお母さん、おばあちゃん、んで子どもが、姉、兄、私、弟、弟の5人だから、8人だよ!」
「マジかよ・・・・・・でも足りなくねェ?」
「一番上の姉ちゃんは上京してるんだよー、お盆には帰ってくるけど」
「ふーん、」
晋助は麦茶を一口飲みながら返事をし、
部屋を視線だけ動かして見渡した。
「随分、可愛げないな」
「ちょ、そういうことは言わない!昨日急いで掃除したんだからー」
私も麦茶を口にすると、それとほぼ同時に部屋のドアがノックされた。
そして返事を返す前にドアは開けられてしまった。
「かき氷つくったわよ〜」
「ちょ、お母さん!返事待ってよー」
「そんなの待ってたら溶けちゃうでしょうが!」
お母さんはお盆に山盛りのかき氷を乗せてやってくると、
テーブルにそれを置き、一緒に持ってきた数種類のシロップをお盆に並べる。
「ささ、晋助くんはどのシロップにする?」
「え・・・・・・、じゃあブルーハワイで」
「んん!流石男の子って感じねー!」
意味の分からない発言をもし始めたお母さんは、
かき氷にブルーハワイのシロップをかけると晋助の前に置いた。
それと打って変わって私には何も聞かずイチゴシロップをかけたかき氷が渡される。
「ずばり、晋助くんは、のどこがいいの〜?」
「っ、ごほっ」
「ちょ、ちょっとお母さん!そういうんじゃないって言ったじゃん!!」
もう部屋を出て行くかと思ったら、そのまま視線を晋助に向けとんでもないことを言い出すお母さん。
晋助は驚いて気管に入ってしまったのか、顔を背けて噎せてしまった。
私は急いで立ち上がり、お母さんを立たせて背中を押して部屋から出した。
「もーいい加減にしてよー!」
「あ、そうだ、今日近くの神社でお祭りあるわよ!行ってきなさいよ二人で」
「え?お祭り今日だっけ?」
「そうよー折角だからいきなさい!浴衣探しておいてあげるから!」
お母さんはそう言うと、軽やかに階段を下りていってしまった。
私は安心したような、でもまだ嫌な予感がしながらドアを閉める。
「今日・・・大丈夫?」
「ああ、別に。親にはメールすりゃいいし」
「じゃあ折角だから行こうかー」
私は元居たところに座り、再びかき氷を食べ始める。
食べ終わってからは二人でゲームしたりして、
そしたらおばあちゃんが入ってきて何故かおじいちゃんとの馴れ初めを聞かされるわ、
私が浴衣を着付けるために部屋を外している間に兄ちゃんと弟二人が来たみたいで、
兄ちゃんにはツーショットを求められたり質問攻めされ、
弟たちには眼帯を外されそうになったり、挙げ句の果てには戦隊物の悪役をやらされたらしい。
私が着付けて部屋に戻ってくると、なんだか晋助はげんなりとしていた。
「だ、大丈夫?」
「まあ、なんとか。・・・・・・紺の浴衣か」
「へ、変かな?」
私が着ることになった浴衣は紺色で全体に梅の花が散らばっている。
浴衣を着るのなんて久しぶりで、なんだか落ち着かない。
晋助は私を上から下まで見ると立ち上がり、ドアの方へ向かうと、少し振り向いた。
「いいんじゃねーの。・・・行くぞ」
「う、うん!ありがと!」
私はあまり開かない足をできるだけ開いて、大股の晋助の後を追いかけた。
私達は家族に見送られ家を出て、二人並んで神社に向かった。
なんでかわからないけどあまり会話はなく、
生温い風と、昼間より和らいだ日差しを感じながら歩き続けた。
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「うわーもう人いっぱい」
「こんなに人いたんだな」
私達が神社に着くと、もう既に沢山の人たちでそこは溢れかえっていた。
境内に向かって伸びる細く長い一本道の両側には、いろんな種類の屋台が並んでいる。
私達は人の波に乗って歩くことにし、二人並びながらゆっくりと一本道を進んで行く。
しかし、人が多いだけでなく細い道を二方向に人が歩くので、
人波に揉まれ、次第に距離が開いてしまい私はすぐに晋助を見失ってしまった。
「んー、歩きにくいし、困ったなぁ」
私は取り敢えず道の端に寄り、背伸びをして人波の中を見渡した。
見渡してみるものの、人が多すぎて最早全員同じにみえてきてしまう。
「っ!」
「ん?あっ、いた!」
すると、私の名前を呼ぶ声が聞こえ、そちらを向いてみると、少しだけど晋助の顔が見えた。
私は上げられる限り手を上げ答えると、すぐに晋助は私の目の前まで来てくれた。
「急にいなくなんなよ」
「ごめん、あんま早く歩けなくて」
「・・・・・・」
私がそう言うと晋助は少し黙り込み、不意に私の右手を握ってきた。
驚いた私が晋助を見ると、晋助は気まずそうに視線を外した。
「一々はぐれられてたら面倒臭ェんだよ」
「う、うん、ありがと」
銀ちゃんとかとは時々ふざけて手を繋いだりするけれど、
なんか晋助と繋ぐと、こう・・・凄くこそばゆい感じがする。よく分からないけど。
私達はまた歩き出し、晋助は私に歩調を合わせてゆっくりと歩いてくれた。
「で、なんか食うか?やるか?」
「んー、そうだなあ、あ、射的やろうよ射的」
「お前、その格好でできんのかよ」
「なんとかなるよー!」
私は少し進んだところにある射的を指さし晋助に促した。
晋助が頷いたので、私達は射的のところまでくると立ち止まった。
「おじさーん、射的二人分!」
「お、じゃねーか、めかし込んでどうした!」
「別にお祭りなんだから浴衣着たっていいじゃないー」
射的を出しているおじさんは私が小さい頃からやっているおじさんで、もう顔なじみだった。
私と晋助は銃を受け取り、コルクを銃口に嵌めて的を定める。
パン、パン、パンッ、と7回程打つと、コルクは全部なくなってしまっていた。
落ちた景品をみると、なかなかの出来。
それを見たおじさんは小さく溜息を吐きながら笑った。
「相変わらず上手ェなあ」
「へへ、去年より多いかも!」
「あとそこの兄ちゃんも、全部当てたろ」
「え、まあ」
話しかけられた晋助は曖昧な返事を返すと銃をテーブルの上に置いた。
私達は落とした景品をそれぞれ袋に入れてもらい射的を後にする。
それからもっと先へと進み、フランクフルトや綿飴、リンゴ飴、じゃがバタなどを買って
一度食べるために道を外れることにし、近くにあった石段に腰を下ろした。
「はー、人多かった!」
「つかお前買い込み過ぎだろ」
私がフランクフルトを囓るのを横目に、晋助は綿飴を少しちぎって口に入れた。
「だってーずっと人混みにいると疲れちゃうから、まとめて買って休もうかなって」
「つかお前こんなに食えンのかよ」
「それは余裕!」
そう言った私はもうフランクフルトを食べ終え、次はじゃがバタにとりかかる所だった。
すると、すっと晋助の手が私の方に伸びてきた。
「それ俺も食う」
「あ、うん、はい」
私は一口食べたじゃがバタを箸ごと晋助へ渡す。
受け取った晋助は何故か食べようとせずずっとじゃがバタを見つめる。
「・・・・・・いいのか、箸」
「え、だってそれないし、私はいいよ」
そんなこと気にしていたのか、と思いながら返事を返すと、晋助はじゃがバタを口に運んだ。
黙々と食べる晋助は、じゃがバタが半分くらいになると私に返してきた。
「ん、」
「じゃああとは全部たべちゃうよー」
私は箸を持ち直し、再び食べ始めた。
でもそこで、ふとあることを思い出す。
「そういえば、さ、」
「あ?」
「晋助、明日帰っちゃうの・・・?」
ふと思い出したこと。
それは明日で晋助が言っていた10日になってしまう、ということで。
つまり私達は明日でお別れとなってしまう。
私はそれを思い出した途端、なんだか急に心の中が寂しい気持ちで溢れた。
「あぁ」
「じゃあ・・・もう会えなくなっちゃうのかあ・・・」
晋助とは連絡を取るためにアドレスと電話番号は交換したけど、
やっぱり一番良いのは会って話すということで、
それが明日でできなくなってしまうなんて。
すっかり日にちを忘れるくらい遊んでいたから、
なんだか現実に戻されてしまったようで、現実を突きつけられて、
私のモチベーションは見る見るうちに下がってしまった。
「別に、携帯に連絡よこせよ」
「そう言う問題じゃないじゃんー・・・、寂しいよ」
私は残りのじゃがバタを食べ尽くし、器を足下に置くと、俯いた。
それを見た晋助は、少し真面目な顔をして私を見つめる。
「なァ、」
「ぇ?」
「その寂しいは、どういう意味の寂しだよ」
晋助は私の両肩をがしりと掴み、私と視線を合わせた。
なんだか私は恥ずかしくなって、咄嗟に視線を逸らしてしまった。
「どういう意味って・・・」
そんなの自分でもよく分からない。
なんだか凄く胸が痛くて、少し泣きたくなって、
できることなら「一緒にいたい」って言ってしまいそうで。
こんな気持ち、生まれて初めてだった。
私が答えられないでいると、晋助はゆっくりと肩から手を離し、立ち上がった。
そして再び私の左手を掴み、私を立たせる。
「そろそろ時間だし、帰ろうぜ」
そう言った晋助はなんだか寂しいような辛いような顔をしていて、
見ている私は胸の辺りにまた小さな痛みを感じた。
8月9日
(帰り道、もう一緒にいれる時間は短いのに)
(私達はずっと話すことができなくて、)
(私はただ、左手から伝わってくる晋助の体温を)
(静かに感じていることしかできなかった。)